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福岡高等裁判所 昭和49年(う)90号 判決 1974年11月28日

被告人 古賀文則

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審の控訴費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、検察官谷口好雄提出の控訴趣意書(検察官疋田慶隆作成名義)記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人荒木直光提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

同控訴趣意第一点(事実誤認及び法令適用の誤り)について、

所論は要するに、原判決は本件公訴事実(後記認定の罪となるべき事実と同旨)のうち業務上過失致死の事実に対し、被告人は現場の状況からみて、電線管理者に一時充電停止を求めるか、絶縁用防護具を装着するか又は適当な看視人を置いて安全な方法で作業すべきであつたとしても九州電力山鹿営業所は充電停止若しくは防護具の装着の依頼につき、転落車両の引き上げ作業のためにすぎない場合には、その要求に応じないことが認められ、そのため被告人は電線に接触しないようブームを電線の手前に設置して転落車両を吊り上げることとし、ブーム先端と電線との間隔を内原悟及び木山信男らに確認してもらつたうえ、木山の誘導に従いブームを伸長させる配慮を講じたのである。したがつて、被告人が九州電力山鹿営業所に充電停止若しくは防護具の装着を依頼しなかつたことに過失はなく、また右の如く木山の監視の下に安全な作業をしていたのであるから被告人に結果回避義務を怠つた過失があるともいえない。被告人が巻き上げ作業による機械震動の影響により高圧電線に接近した位置までブームを伸長したのは専ら木山の誘導によるものであつて、ブームの先端と右電線との間隔を見とおせない位置にあつた被告人が、その間隔を確認していた右木山の誘導を信頼してその誘導に従いブームを伸長した点に被告人の注意義務懈怠の責任を認めることは困難であり、むしろ本件事故は、専ら右木山の誤導によるものというべきである。そうすると、被告人が前記高圧電線を一〇〇ボルトの家庭用電線と誤認したことと本件事故の発生との間に相当因果関係があるということもできないと判示して、無罪の判断をせるものである。

しかし、右は注意義務の前提となる事実を誤認し、他面被告人の過失そのものをも看過したものである。すなわち本件事故は、被告人が現場の上空に架設された電線が高圧電線であることにつき何らの確認もなさず、漫然と低圧電線と軽信した結果、右電線に接近して作業をした過失により発生したものである。そもそも、本件のように電線直下でクレーンにより転落車両の引き上げ作業をなす場合、クレーンの運転者には、先ず右電線が高圧電線であるか否かを確認し、高圧電線である場合は一時充電の停止、又は絶縁用防護具の装着若しくは適当な看視人を置いた上安全な方法で作業をすべきものである。しかるに、被告人は本件電線が高圧線であることについて何らの確認もせず、一般家庭用の配電線と軽信した結果、大して危険はないと判断し、一時充電停止、防護具の装着又は適当な看視人をおくなどのいずれの措置もとらず、電線に極めて接近した状態で作業を行つたため本件事故が発生したものである。原判決は被告人が右の最も基本的な注意義務を懈怠していることを看過するのみならず、電線管理者に充電停止又は防護具の装着を求めても、これに応じる可能性がないのであるからその義務はなく、木山の監視の下に安全な方法で作業を進めていたのであるから被告人に過失はないとして、高圧線を一般家庭用の配電線と誤信したことと本件事故の間に相当因果関係はないとの誤つた判断をしているものである。しかし、原判決引用の証人小山厳は「接触による危険防止の申出があつた場合、要求にすぐ応じられない場合もあるが、大体要求に応じている」旨供述しているのであり、これに反する証人江上千代喜の供述は九州電力の職員ではなく単に第三者の意見を述べているにすぎないのであるから信憑性に欠け、九州電力山鹿営業所における処置の実情は、原判決の認定とは逆に、本件の如く転落車両の引き上げ作業の場合は、申込みがあれば直ちに係員を現場に派遣していたものである。次に、内原悟の司法警察員及び労働基準監督官に対する各供述調書並びに被告人の司法警察員に対する供述調書によれば、被告人は電線直下にブームを伸長して作業することの危険性を十分認識しながら、作業前及び作業中を通じ被害者木山らとブームと電線との間隔を保つために必要な打合せや確認などを何ら行わないまま作業を進めており、前記内原と雖も被告人の依頼を受けブームと電線との間隔を単に一回確認したのみで、他に何らの作業の監視もしておらず、前記木山もたまたま作業の手伝をしたものであるうえ、自ら転落車両の直下で玉掛け作業をしながらその場で単に合図を送つたにすぎず、しかも同人の位置は電線直下でブームと電線との接触の危険を監視するには極めて不適当な位置にあつたことが明らかであつて、右木山が作業を誘導監視していたとは到底考えられず、また危害防止のための信頼しうる看視人であつたとは到底認められないものである。のみならず、内原悟及び内野己伸の司法警察員に対する各供述調書によれば、右木山らが「オーライ、オーライ」と合図したのは、クレーンのフツクを下す際と、フックをかけこれを巻き上げる際に、被告人からアングルは大丈夫かと言われ、これに対し合図をしたものであつて、ブームの伸長を誘導するために合図をしたものではないことが明らかである。しかるに、原判決は被告人の弁解を安易に信用して「被告人は木山が上方を見ながらオーライ、オーライと合図をしたので、木山の合図に従いブームを伸長しても危険はないものと考え、徐々にブームを伸長し、木山のストツプという合図で直ちに伸長を止めた」旨誤つた認定をしているものである。

以上のとおり、本件事故の発生が被告人の過失に基づくことは明らかであり、これを否定した原判決は、証拠の評価又は取捨選択を誤り事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというにある。

よつて、所論にかんがみ原審取調べの証拠のほか当審における事実取調べの結果を加えて原判決の当否を検討するに、

(一)  まず本件事故が発生するに至つた事実関係をみるに、被告人の原審及び当審における各供述並びに検察官、司法警察員及び労働基準監督官に対する各供述調書、原審証人富田賢治及び同内原悟の各供述記載、当審における証人内原悟及び内野己伸に対する各尋問調書、内野己伸及び内原悟の司法警察員に対する各供述調書、司法警察員作成の実況見分調書二通及び捜査報告書、司法巡査作成の写真撮影報告書、医師菅村常克作成の死体検案書及び死亡診断書によれば、被告人は昭和四六年五月頃から移動式クレーン車一台を所有し自ら運転、操作して転落車両等の引き上げを業としているもので、その頃から道路端の高圧電線は危険であるから注意するよう他の業者から聞き知らされ、高圧電線付近での作業に当つてはこれに触れないよう心掛けていたものであるところ、本件当日(同年八月二三日)内原悟からの転落作業の引き上げの依頼を受けたので午後二時頃使用人の宮田道男(当時二四年)を伴い移動式クレーン車を運転して、人家もまばらで田と雑木山に囲まれた本件現場(熊本県玉名郡三加和町大字西吉地字簾置二、七九〇番地の一先県道上)に到着したこと、右現場での状況は、内原悟所有のライトバン(重量七四〇キログラム)が道路の北側土手下約三メートルの水田にその前部を突込み、後部を土手に接着した状態で転落しており、そのほゞ真上(約六メートル)には右道路に沿い交通六、六〇〇ボルトの高圧架空電線二条(路面の上方約四・八メートル、路肩から水平約三・五メートルただし右二条中の南側線)が東西に通じていたのであるが、被告人は右クレーン車を道路上に固定し、右転落車両を引き上げるに当り、右電線が高圧電線でなく、単に一〇〇ボルトの家庭用配電線と思つたため、車両を傷めないよう右電線の真下から吊り上げる方法を採ることとし、クレーン車の運転席からブームを伸長し始めたものの、ブームの先端と電線との間隔がよく見とおせないので両者がかなり接近したと思われる頃一時ブームの伸長を止め、現場に居合わせた者らに聞えるよう大声ではあつてが誰にともなく「伸ばすから電線との開きはどの位か見てくれ」と頼み、クレーン車から東方へ約二〇メートル離れた地点の右内原から「あと三、四〇センチ」と言われたので、その後は転落車両の左側に居た前記宮田、右側に居た木山信雄(右内原の使用人でたまたま現場で作業を自らかつて出て加勢していたもの)の作業状況に応じ、ブームの先端からワイヤーについているフツクを下し始め、これを見ていた右木山の「オーライ、オーライ」の合図により徐々にブームを移動し、同人の「ストツプ」という声でブームの移動を止めたこと、そして右木山が転落車両の吊り上げ用パイプ(金属性)にかけたワイヤーをフツクにかけたので、右木山及び富田の両名に「アングルはよいか」と問いかけながらゆつくりとワイヤーを巻き上げていたところ、弛んでいたワイヤーが真直ぐに張るか張らないかのうち、パイプを肩に担いでいた右両名が「アーツ」と悲鳴を上げてその場に転倒したこと、右はブーム先端上側(この時のブームの角度は約二〇度、伸長したブームの長さは約七・九メートル)が前記高圧電線二条中の南側電線に接触し、パイプを肩に担いでいた右両名に通電したためであり、その衝撃によつて右木山は即死、右宮田は同日午後三時三〇分頃死亡したこと、以上の事実が認められる。

(二)  そこで、被告人につき前記電線二条が高圧電線であるか否かを確認すべき義務の有無を検討すべきところ、(原判決はこれに触れるところがなく、被告人が右を一〇〇ボルトの家庭用配電線と誤認したことと本件事故発生との間の相当因果関係を否定するのであるが)前記事実関係によれば、被告人がクレーン業を始めた頃から道路端の高圧電線は危険であるから注意するよう他から聞き知らされていたこと、本件道路下の転落車両のほゞ真上に電線が走つていること及び現場付近が人家もまばらな農村地帯であつて必ずしも家庭配電用の電線のみとは考え難い状況であることなどに徴すれば、右電線が通常の木製の電柱に架けられた二条の裸線であつて一見高圧電線としての特徴のないもの(関係証拠によれば、高圧電線の表示は電柱に架設された碍子の下部に赤印をもつてなされていたものである。)ではあつても、危険な業務に従事する被告人としては右電線が高圧電線であることは予見可能にして当然予見すべき状況にあつたものと認められ、これが肯定される以上右電線とブーム先端等との接触による感電事故の発生も十分に予見できたものと認められる。そうしてみれば、被告人はまず右電線が高圧電線であるか否かの確認をすべき義務があるというべきところ、関係証拠によれば被告人が右確認の手段を何ら講じていないことが明らかである。

(三)  次に、高圧電線下における前記クレーン車による吊上げ作業を行うにあたり、感電の危険を防止するための手段は、充電を一時停止するか又は絶縁用防護具を装着し若しくは適当な看視人を置いて安全な方法で作業する以外に考えられない。そうすると、右の択一的な回避手段が右吊上げ作業における注意義務の内容であつて、被告人が右吊上げ作業を行う限り、右の手段のいずれかをとるべきである。ところで、原判決は右の充電停止や防禦具装着は現実的可能性がないので、かかる注意義務は否定さるべきものであるというのであるが、原審証人小山巌の供述記載、当審証人西嶋譲の供述及び当審における証人日当勝義に対する尋問調書を総合すれば、本件の如く転落車両の引き上げ作業の場合には絶縁用防護具の装着は不適当(これのみでは感電は防止できない)として採りえないが、一時充電停止の措置がなさるべきであつて、当該電線管理者である九州電力山鹿営業所に依頼すれば右充電停止は十分可能であつたことが認められる。(原審証人江上千代喜の供述記載によれば、本件の如き場合九州電力において即座に応じてくれないというのであつて、原判決が「その要求に応じない」と認定するのはやや速断であり、右小山証人の供述記載によつても、一時充電停止の措置がなされ得ることは否定できない。)そうしてみれば、九州電力山鹿営業所に対し一時充電停止の措置を依頼すべきものである。しかして右営業所においてこれに応じないときは看視人を置いて安全な方法で作業すべきところ、この点につき前記事実関係のとおり転落車両が前部を水田に突込み、後部を土手にはわせた状態であること並びに原審証人江上千代喜の供述記載及び被告人の労働基準監督官に対する供述調書(昭和四六年八月三〇日付)添付のカタログを総合すれば、クレーン車を道路上の適宜の位置に固定し、ブームの角度と長さを調整し、適当な看視人を置いて、その指示のもとにいわゆる釣竿式引き上げ方法により、ブーム先端からのワイヤーロープを転落車両の後部に適宜な方法で連結して後尾を若干浮上させ、これを路肩方向に斜めに、電線直下からできうる限り危険のない位置まで移動させたうえ右車両を一たん固定し、しかる後右看視人の指示のもとにいわゆる玉掛けの方法により右車両を引き上げることが安全且つ相当な手段と認められる。これに対し被告人は、原審及び当審において右の方法は運転者にとつて危険であり、車両を傷めると供述するのであるが、周倒な注意のもとに看視人の指示に従つてクレーンの操作をする限り運転者に危険が及ぶものとは認められない。したがつて、被告人としては九州電力山鹿営業所に依頼して右高圧電線の一時充電停止の措置を求め、もし適時にこれに応じてくれない状況にあれば、一時作業を中断し充電停止の措置を俟つて作業を進行するか、又は適当な看視人を置きその指示のもとに転落車両をでき得る限り危険のない場所まで移動させたうえこれを吊上げる方法で引き上げ作業を遂行すべきものである。

(四)  しかるに、被告人が九州電力山鹿営業所に対し右の一時充電停止の措置を求めなかつたこと及び看視人を置いて前記の如き安全作業をしなかつたことは証拠上明らかである。尤も原判決によれば、被告人は前記木山の誘導を信頼しその誘導に従つてブームを伸長したから過失はないというのであるが、前記の如く六、六〇〇ボルトの高圧電線下である限り、仮に誘導者がいたとしてもブームやワイヤーを右高圧電線に近接した状態において玉掛け方式によつて引き上げ作業をなすことは絶対に避くべきであるのみならす、右木山は自動車板金業を営む前記内原悟の使用人でたまたま本件作業の加勢をかつて出たものにして、クレーン作業にたずさわる者でないばかりか、転落車両へパイプを通しての玉掛け作業に従事中に「オーライ、オーライ」の合図をしたまでであつて、到底適切にして信頼のおける誘導者又は作業を監視誘導する看視人ということはできない。

(五)  以上によれば、被告人が本件転落車両の引き上げ作業をなすに際し、前記電線が高圧電線であることの確認を怠り、前示の如き感電回避の措置を講ずることなく漫然と作業を進めた過失により本件感電死亡事故を発生せしめたものであることが認められる。そうしてみれば、被告人の過失責任を否定した原判決は、前示一時充電停止の措置に関する注意義務の前提事実を誤認し、また前示看視人を置いて安全作業すべき注意義務を怠つたことについても事実を誤認し、刑法二一一条前段の解釈適用を誤つたものというほかなく到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

同控訴趣意第二点(法令適用の誤り)について。

所論は要するに、原判決は前記公訴事実に対する労働基準法違反の点につき、「労働安全衛生規制一二七条の八第四号にいう『看視人を置き作業を監視させる』というのは、作業上感電の危害の生ずるおそれのある場所に、当該危険を認識しうる者をして作業を監視させることをいい、使用者が自己の使用する者をしてその監視の任務にあたらせることは必ずしも必要でなく、また当該作業に従事する者以外の者を看視人として別個独立に配置しなければならないものでもないと解し、木山信男はブーム先端と電線との間隔の確認の役ばかりでなく、その後の作業の誘導をもかつて出ていたもので、いわば監視役をも兼ねていたものと認められるから、被告人が『看視人を置き作業を監視させる』義務を怠つたということはできない」旨判示して無罪を言渡した。しかし、右規制一二七条の八第四号の規定は、労働者を作業上の危害から保護するために、労働者が作業をすることによつて生ずる注意力の減弱または欠如による危害の発生をも防止しようとする趣旨であるから、同条項にいう「看視人」とは、専ら監視のみに従事する者をいうのであつて、他の作業と監視とを兼任する者を置いたとしても、同条項の要求する看視人を置いたとはいえないものである。しかして原判示の右木山は、たまたま引き上げ作業に参加し玉掛け作業中、単にその位置で合図をしたにすぎないものであつて、作業を誘導、監視していたとは到底いえないものである。したがつて、原判決が、右木山を看視人として認定し、被告人において同条項の要求する看視人を置いたとするのは、明らかに事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つたものであつて、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れないというにある。

よつて、所論にかんがみ検討するに、

労働基準法(昭和四七年法律第五七号による改正前のもの)四二条、四五条に基づく労働安全衛生規則(昭和四七年九月三〇日労働省令第三二号による改正前のもの。)一二七条の八第四号の「看視人を置き作業を監視させる」ことの趣旨は、原判示の如く、作業上より生ずる危害の発生を最少限度にとどめ、その使用する労働者を作業上の危害から防護することにあるのみならず、労働者が作業をすることによつて生ずる注意力の減弱又は欠如による危害の発生を防止すべき趣旨をも包含するものと解するのが相当である。したがつて、右にいう「看視人」とは専ら監視行為のみに従事する者をいい、同時に監視行為以外の作業をも兼ねる者、つまり他の作業をしながら監視をする者はこれに該らないものというべきである。

ところで、前記木山信男は前段(控訴趣意第一点に対する判断(一)(四)項)説示のとおり、たまたま本件引き上げ作業に加勢人として参加し、転落車両の玉掛け作業に従事するかたわら「オーライ、オーライ」の合図をしたにすぎないことは証拠上明らかであるから、専ら監視のみに従事していた者とは到底認められない。(なお原判決は、右木山がブーム先端と電線との間隔の確認の役をかつて出たばかりかその後の作業の誘導をもかつて出ていたと認定するのであるが、右は被告人の供述に現われるのみで、内原悟及び内野己伸等関係人の供述に照らせば右被告人の供述はたやすく措信できないものである。)そうしてみれば、被告人が前記規則一二七条の八第四号に違背したものではないとする原判決は、法令の解釈適用を誤つたものというのほかなく、これが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから到底破棄を免れない。論旨は理由がある。

そこで、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条及び三八〇条に制り原判決を破棄し、当審において直ちに判決をすることができるものと認めるので、同法四〇〇条但書に従い自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、自ら移動式クレーンを操縦して転落車両の引き上げ作業等を業としているものであるが、昭和四六年八月二三日午後二時頃、熊本県玉名郡三加和町大字西吉地字簾置二、七九〇番地の一先県道上に移動式クレーンを設置し、たまたま作業の手伝いを申し出た木山信雄(当時二四年)及び自己が雇用する労働者である宮田道男(当時二四年)を使役して、右県道から水田にその前部を突込み後部を同道路の土手に接触させた状態で転落していた内原悟所有の重量七四〇キログラムの普通貨物自動車(ライトバン)を同人から請負つて引き上げ作業をなすに際し、右転落車のほぼ真上に右道路に沿い交流六、六〇〇ボルトの高圧架空電線二条が東西に通じ、その位置は同道路面の上方約四・八メートル、同路肩から水平約三・五メートル(二条の架線中南側線まで)の距離にあつて、作業中クレーンに装置したブーム先端部等が同充電電路に接触して、右作業員に対する感電の危害を生ずるおそれがあつたのであるから、右の引き上げ作業に当つては、右架空電線が高圧電線であることを確認のうえ、同電線管理者である九州電力株式会社山鹿営業所に通報して一時充電停止の措置を求め、もし右営業所において適時これに応じないときは一時作業を中断し、同営業所による一時充電停止の措置を俟つて作業を進めるか、又は適当な看視人を置きその指示のもとに右転落車両をでき得る限り危険のない場所まで移動させたうえこれを吊り上げる方法で引き上げ作業を進め、もつて危害の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右架空電線が高圧電線であることについて何ら確認の方法を講ずることなく、漫然一般家庭用配電線であると軽信して右営業所に対する充電停止の要請をすることなく、かつ適当な看視人も置かず、前記転落地点からそのまゝ上方に吊り上げるべく路上に設置した前記クレーンのブームを約二〇度の角度で、長さを約七・九メートルに伸長したうえ、クレーン車周辺に居合わせた見物人に対し「電線とブーム先端の開きがどの位あるか見てくれ」と声をかけたのみで、そのまゝ同ブーム先端からフツク付巻上げ索を右転落車両上方に降下して吊り上げ作業を開始した過失により、その直後右ブーム先端を前記架空電線二条中の南側配電線に接触させ、その結果右転落車両左右の地面に立つて同車から左右に突き出させた玉掛け具の一部である金属性パイプの担い棒を各自肩に担いながら玉掛け作業に従事していた前記木山及び宮田の両名に通電させ、その衝撃により右木山をしてその場で即死させ、同宮田をして同日午後三時三〇分頃、同県山鹿市大橋通り七〇三番地菅村外科、整形外科病院において死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中各業務上過失致死の点は各刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号(但し、刑法一〇条、六条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)に、宮田道男に関する労働基準法違反の点は労働安全衛生法附則二六条により労働基準法(但し、昭和四七年法律第五七号による改正前のもの)一一九条一号、四二条、四五条、労働安全衛生規則(但し、昭和四七年九月三〇日労働省令第三二号による改正前のもの)一二七条の八に各該当するところ、右各業務上過失致死の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であり、右宮田道男に対する業務上過失致死及び労働基準法違反の所為も一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により結局以上を一罪として刑及び犯情の重い宮田道男に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人を禁錮一年に処し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法二五条一項に則りこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、なお原審及び当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文に則り全部被告人に負担させることゝする。

よつて、主文のとおり判決する。

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